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東京大学

東京都文京区本郷7-3-1
03-3812-2111(総合案内)
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東京大学の沿革とルーツ

東京大学の組織は、東京開成学校と東京医学校の統合再編によって生まれたものである。後者の東京医学校は、その起源を安政5 年(1858 年) に神田お玉ヶ池に開設された種痘所に有している。前者の東京開成学校は、江戸幕府が文久3 年(1863 年) に開設した開成所の系譜に連なり、この開成所は、安政4 年(1857 年) に設立された蕃所調所から改組されたものである。

この蕃所調所という組織は貞享元年(1684 年) に設置された天文方からのつながりをもっている。天文方は、暦の編纂を所掌していた幕府の組織であるが、当初より、天文学や暦学を中心に西洋の学問知識の学習・研究を行っていた。そして洋学の重要性の増大に応じて、天文方の中で、蛮書和解御用という部門が設けられたが、幕末になり洋書の翻訳・研究の需要が急激に増大したことから、この部門を発展させ、洋学の教育・研究機関として蕃所調所が設立された。

この蕃所調所において当初任命された2 人の教授職、箕作阮甫と杉田成卿は、いずれも天文方の職員である。また、このとき、天文方及び江戸城紅葉山文庫に所蔵されていた洋書が、蕃所調所に移管された。つまり、東京大学の前身である東京開成学校の系譜は、その学問のつながりはもちろん、人のつながりなどによっても、天文方に連なる歴史をたどることができる。なお、東京大学の初代総理である加藤弘之も、蕃所調所において教授方を務めていた。

(「東京大学の概要2012」東京大学、より)

総長
濱田 純一
設立年度
明治10年4月12日
教職員数
7,602 名
学生数
14,260 名
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東京大学(公式Web サイト)
http://www.u-tokyo.ac.jp/index_j.html
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東大生が語る
「東大の進学振り分けについて」
T.A.

東京大学の進学振り分けという魅力的かつ厄介なシステムは、定年退職間近の教官が自身の進学時の出来事について語るなど、かなり昔から存在するようである。そして、過去に数多くの学生が悩まされてきたのと同様に、筆者もいくらかの苦労と選択の末に、工学部のうちの一学科への進学を決定した。入学前かあるいは入学後の大部分の学生は、自身の将来についてそれほど具体的なビジョンを持っているわけではない。例えば○○学部の教授になるとか、○○社くらいの大企業でエンジニアとして働くとか、その程度のものだ。

進学振り分けは、このような漠然としたビジョンを具体的にするまでの間、多少の知見の拡張と時間の猶予を与えてくれるものとしては、非常に魅力的なシステムだと言える。そのような認識はおおよそ学生の間で共有されているし、特定の学科が宣伝を兼ねて、その学科で学ぶ内容の導入部を紹介する講義を開講するなど、学部側もこの準備期間を有効活用している。筆者自身そのような「宣伝科目」を受講して、現在の学科への進学を決定した。選択の拡大という点では多大なメリットを持つ進学振り分けには、欠点、それも理不尽とも言えるもの、も存在する。進学振り分けの優先順位は、例えば文Ⅰから法学部へは進学しやすい、というような調整はあるものの、最終的には教養学部で履修した科目の平均点によって決定される。これは確かに、学生に勉強させる、という点では効果を表している。

しかしながら問題は、教養学部の非常に多くの科目、あるいはその担当教員によって、得点の取り易さに非常に大きなばらつきがあることだ。興味を持った科目も、点数が低くなりがちだという評判を聞けば履修をやめるかも知れないし、その逆もありうる。これは進学振り分けの公平性を損ううえ、その理念も大きく揺らぎかねない。実際に筆者もある必修科目の担当教官が全くやる気のない教官で、多少の不利を背負うことになった(それを言い訳にするつもりでは無いが)。進学振り分けは古くからあるにも関わらず、未だそのバランスは調整中といったところだ。

東大生が語る
「進学振り分けとは何か?」
東京大学教養学部 T.S

東京大学には、進学振り分けという制度が存在する。入学してから1 年半は、理Ⅰ~Ⅲ、文Ⅰ~Ⅲという分類しかされず、正式に専門の学部・学科には属していない。1 年半、駒場キャンパスで一般教養を学び、その期間に行われる期末試験などの全平均点がそれぞれの持ち点となる。学部学科登録の期間に、各々が希望する学科に希望登録を出し、平均点が上のものから順に、規定人数まで選ばれる。第1希望で漏れてしまうと、第2、第3…希望と下がっていき、最終的に認められた学科に進むというシステムである。東京大学が進学制度において他大学と異なっている最大の特徴がこの進学振り分け、シンフリである。他大学では、受験し入学する際に最初から学部学科が決まっていて、1 年生の間に教養を学ぶとしても、その後の専門課程はすでに

決まっているものである。この流動性の差が最大の違いといえるだろう。これが一般にはあまり知られていない、東大のシンフリというものだ。
東大生にとってシンフリとはどのような意味を持つのか。大学側としては、最初から専門に捉われず、幅広い視野と教養を身につけた後、専門に生かしてもらおうという考えであろう。さらに、教養を学ぶ中で各々の個性・特性を自分で見極め、しっかりと考えた上でそれに見合った学部を選んでもらうという意図もあるだろう。例えば、文Ⅰに入った学生が、教養を学ぶ上で考えが変わり、理系の学部に進学してしまうこともあるし、理系から文系という事も有り得る。この流動性・融通が魅力的なのであり、実際に学生の中でも、大学に入ってからじっくりと考えた後で専門の学部に行きたいと思ったから、シンフリのある東大に来た、という人もいる。逆手に捉えて、1 年半は専門のことを考えずに遊んでいられるから東大を選んだという学生もいるようである。

このように、融通の利く、楽な教養生活を送ることができる、と良い印象ばかりがありそうだが、在学中の学生からすれば、そこまで良いことばかりでもないようである。流動性を持たせたために、人気のある学科に希望が集中し、そのため希望の学科から漏れてしまったり、最悪の場合は留年という事も有り得る。シンフリのことが気になって、おちおち遊んでもいられない、などと不満もあるようだ。確かに苦労して受験を乗り切り、やっと入学できたのに、1 年半後にまた競争が待っているというのは、なかなか過酷なものなのかもしれない。このように、シンフリに対する周囲のイメージと内部の実感には、若干ずれがあるといえるだろう。

東大生による
「東大だけでしか通用しない? 用語の紹介」
T. S

[ 同クラ(おなくら) ]

「同じクラス」の略称。なまめかしい響きを持つため、知らない人に「同クラの女の子が」などと言うと誤解を招いたりする(笑)。

[ コミプラ ]

コミュニケーションプラザという、駒場にできた新し目のきれいな建物の略称。用途は様々。

[ 和館 ]

畳式の部屋がたくさんある建物。飲み会が毎晩開かれており、そこで行われることについては大学もずっと目をつぶってきたが、2晩続けて救急車が来るという異常事態が起こったため、現在閉鎖中。

[ 駒バック ]

専門になると大半は本郷キャンパスに移るのだが、単位が足りていないため、駒場に戻って(バック)授業を取り直さなければならない状態。

[ イーピンのトイツ ]

駒場キャンパスの正門。両扉に麻雀のイーピンに激似の巨大な紋章がついていて、閉じた時にはそれが対一になっているように見えることから。

[ 大鬼・鬼・仏・大仏・神 ]

教授一人一人に与えられる称号。単位のくれやすさなどを基準とし、詳細なデータと称号のついた一覧表(逆評定という)が冊子として学生の間に出回る。

東大生による
「東大だけでしか通用しない? 用語の紹介」
東京大学法部 W. A

[ シケプリ ]

試験対策プリントの略。担当教科を割り振った後、各自担当の授業ノートをつくり皆で共有する。たまにシケプリを嫌っている教授が敢えてシケプリの間違えている箇所から出題するなんてこともあるので頼りすぎには注意。

[ ユータスくん ]

教養学部のマスコットキャラクター。カラスをモチーフにしているらしいが、これが結構かわいい。毎年ユータスくんカレンダーなんていうものも発売されている。その勇姿はU-task webというサイトで見ることができるので一度覗いて見ると良いかも。

[ 銀杏並木伝説 ]

一年の女子が、東大の銀杏並木の葉が散るまでに彼氏をつくることができないと、在学中恋人に恵まれないというコワイ伝説(一生という説も)。

[ イカ東 ]

“イカ”にも東大生の略。チェックシャツをズボンにinしてリュックを背負っているような人を指すらしい。